楽しく生きるブログ

すい臓がんに負けないためのブログです。2013年秋、ステージ4Aのすい臓がんを宣告され、すい臓全摘出、十二指腸・胆管・胆のう・ひ臓全摘出、胃3分1摘出の手術をしました。術後、余命1年の宣告からゲルソン療法と黒焼き玄米茶に出会い、一度は腹膜に転移した癌が消え、現在、4年が経過しましたが、仕事もしながらちゃんと生きています。あなたも希望を捨てず、前向きに生きていきましょう。
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自分にがっかりしたとき

 先日、私の母から電話がありました。

母の日に妻が送ってくれたカーネーションとプレゼントの礼を言っていました。

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そして

「あのね~」と話題が切りかわります。

父が、救急病院から介護病棟のある病院に転院したと言うのです。

その話というか、そういう予定であることは、以前より母から電話で聞いていました。だが、母はそんなことは忘れてしまっていて、また最初から話を聞く羽目になりました。私も、もう母の若干の認知の状態は理解しているつもりなので、「そうか、そうか、大変だったね」とただ相槌を打っていました。

 

すると、突然母の声が詰まり

「私が勝手に転院させてしまったの…兄ちゃんは、仕事をやめてでもとうさんの面倒を見ると言ってくれたのに…」と泣きだしました。

兄ちゃんというのは、私の兄です。62歳になります。一度会社を定年して、今は1年契約で同じところで働いています。

つまり、母は優しい兄の言葉に感激し、そして自分がその言葉に反して、夫を介護病棟に入れてしまった。もう戻ってくることはない。と、自分を責めているわけです。

私は、なるほど…と、黙って聞いていました。

 

そして涙声が突然途切れて、きつい調子に変わりました。

「お前な、父さんに会いたかったら、来てやれ、もう会えないぞ」と、かなりドスの利いた声で迫ってきました。

結局、これが言いたかっただけなんですね。

泣いてみたり、おどしてみたりしてでも、私に実家に来て、父親を見舞に来いというのです。

この婆さん、自分の母親ながら、昔からそうだったけど、狡猾なんですよね。

一瞬、「イラッ」としましたが、それはそれ、私が癌であることを母には報告していませんから仕方ないことです。

 

しかし、何度も何度も何度も同じことを繰り返し言う自分の母親を「黙らせたい」と思ったんです。

「もう…いい加減にしてくれ、俺だって行ければ行ってるわい」って感じです。

 

仕方なく言いました。

「俺な、つい最近腸閉そくで入院したんだよ。いつまたなるかわからないから、今は病院から離れられないから、それが落ち着いたら行くよ」と、精いっぱい優しく言ったつもりです。

 

すると

「もう、間に合わないよ」と、母にきつい語調で突っぱねられてしまいました。

 

また自分にがっかりしてしまいました。

そして、自分の母親にもがっかりしてしまいました。

 

 

昔なら、こんなときはビールをググッとジョッキ1杯あおって、「プワーッ ばか野郎!」と言って終わりにしたところでしょう。

今は、そんな力もなく、ヨッコラショと、立ち上がって焼酎を引っぱり出し、ソーダー割りでコップ半分飲んみました。

 

 

母の日に送ったカーネーションの話はどうなったんだよ?

「仕方ねえよな~」とひとり言が出た。

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