楽しく生きるブログ

すい臓がんに負けないためのブログです。2013年秋、ステージ4Aのすい臓がんを宣告され、すい臓全摘出、十二指腸・胆管・胆のう・ひ臓全摘出、胃3分1摘出の手術をしました。術後、余命1年の宣告からゲルソン療法と黒焼き玄米茶に出会い、一度は腹膜に転移した癌が消え、現在、3年が経過しましたが、仕事もしながらちゃんと生きています。あなたも希望を捨てず、前向きに生きていきましょう。
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大部屋病室の猛者たち

 入院して1週たってくると、やはり周りが気になります。

大部屋は4人部屋、廊下側と窓側、入り口から入って右側と左がわに分かれます。

 

(私の入った4人部屋 お名前は仮名です)

room01

 私の向いのベッドはどんどん病人が入りかわり、たった1週間で3人が入れかわりました。なので、ほとんど正体がわからずじまいの方ばかり。

 

 私の隣のベッド、上松さんは、お見舞の方、看護師さん、リハビリのお嬢さん、先生などとの会話から察すると、年は84歳にもうすぐなる。なのに、2年半前にすい臓がん、それも膵頭部の癌で全摘出、胆のう摘出、ひ臓摘出、胃の一部切除などなど、81~82歳のころに私とほとんど同じ手術をして、今もかなり元気にしておられるんです。私がこんなに毎日苦しんでいるのに、あの年齢で大丈夫なのか?とびっくりしてしまいました。いや~この方、すごく気になりました。

 

 そして、私のベッドの斜め前の方、武井田さん、年齢はこの方も84歳で、どこの癌かはわかりませんが、ここは消化器外科ですから、消化器の癌でしょうが、ほとんど寝たきりに近い状態。ベッドを起こすのも食事も看護師の介助が必要なおじいさんです。

ですが、その方、何と副作用最強のFOLFIRINOX(フォルフィリノックス)を投与されているようです。4日間、24時間、ずっと点滴しっぱなしでした。

 彼のところに内科医が来て

「どうですか?具合は」と聞くと

「まあまあです」と答える

「苦しくはないですか?」と医師が再び聞いても

「余り変わりはないです」と平然と答える。

 人によって副作用の出方の違いがあるというが、本当なのかもしれない。

 

 え~、それにしても、この病院、高齢ではやらないような手術や副作用の強い抗ガン剤も使うの??とびっくり

 しかし、お二人とも意外に元気です。

 

これは、自分のこれからの方向に参考になるお二人かなと注目していました。

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じいさん用リハビリをやってみた

 入院して数日が経過し、リハビリを受けることになった。リハビリの先生が計画書をつくってくれると言った。

その翌日の午後3時、リハビリの先生が立てた計画に沿って、理学療法士さんが派遣された。

というか、ベッドにゴロゴロと寝ていると、「失礼しま~す」と言ってカーテンを開けて、

「リハビリを担当します。山田と申します。」と、年のころは20代後半から30代前半の女性化が来てくれた。

「はい」と言いながら、ベッドから飛び起きてしまった。

 

理学療法士の山田さん

「ベッドでもリハビリではできるんですが、どうでしょう、気分転換にもなりますから、リハビリセンターへ行きませんか」とお勧めいただいた。

お言葉のとおり、「はい、そうします」と、指示に従い、出発の準備をした。

すっとベッドを起き上がってサッサと歩いていくというわけにはなかなかいかない。私の体には左肩のところのポートから点滴がくっついている。そしてその点滴の途中には輸液ポンプがついている。このポンプがまた邪魔でね~でも、一定時間にきちっと一定量を点滴するには必要らしく、今ではほとんどの患者さんがこのバッテリー式の輸液ポンプをつけて点滴をしています。

その輸液ポンプの電源を抜き、バッテリーモードにして、点滴の支柱をがらがらと引っ張りながら歩いていくわけだ。

 

エレベーターホールまで歩いていく途中で、山田さん

「橋本さん、ちゅんと歩けますね」だって

「はい、数日の間に大分よくなってきました。入院当時はフラフラでまともに歩けませんでした」と言うと

「それはよかったですね~」と、優しい返事

 

リハビリセンターに到着すると、

まず、広い4人ぐらいは横になれるようなベッドというか、台というか、そういうのがあるんですが、そこに横になれと言われ、ごろんと横になります。

山田さんが、私の左足を持って、膝を伸ばしたり、縮めたり、ゆっくりゆっくりと始めました。

「痛くないですか?」と聞かれ、そんなもんで痛くなるわけねえよと思いながら

「大丈夫です」と答える

すると、次に私のかかとと足首を山田さんが両手で持ち、「ゆっくり、蹴るように伸ばしてください」という、

寝たまんまの片足スクワットのようなものかな?と思いつつ、始めると

「もっとゆっくり、ゆっくりが大切なんですよ」とさとされる。

指示どおり、ゆっくり、本当にゆっくり、左足だけ蹴るような動作を続ける。それを20回で1セットらしい。

同じ動作を、今度は右足で行った。

 

次に、両足をそろえ、両膝をくっつけた状態で膝を立てる。立てた両膝を山田さんが、これまたゆっくり、ゆっくり左右に倒す。どうも柔軟性の運動なのかもしれない。

私は、抗ガン剤のアブラキサンの副作用で毛がない。眉毛もほとんどない、まつげもかなり抜けてないのに斉しいので、見た目は、このリハビリセンターでリハビリを受けている80か90ぐらいのじいさんとそんなに変わらない。じいさんのほうがニコニコしているから、ひょっとしたら向こうの方が若く見えるかもしれない。

そんなこともあるのか、じいさんに言うような言葉づかいで

「橋本さん、意外にやわらかいですね~」とほめていただいた。まあ、いいや…。

 

山田さん「では、起きていただけますか」と、横になっていた状態から台に腰かけた状態になって、山田さんが私の背後に回り、猫背になっている背中を支えて、ゆっくり伸ばしてくれます。そして

「はい、また背中を丸めて…はい、今度はさっきみたいに伸ばして~」と10回繰り返して、この背中伸ばしの運動は終了です。

 

次にやったのは、エアロバイク、自転車です。

bike01

 

エアロバイクにまたがり、耳たぶに心拍計かなんかの電極をつけて、さて始まり始まり

「負荷は2にしてみます。これで5分間やってみてください」と言われて、自転車こぎを始めた。

全然軽いもんじゃん、、、、やっぱり「じいさんリハビリ」だわい。。。

3分ほどたって

山田さん「ちょっときついですかね~」

私「はあ? そんなことないですけど」

山田さん「でも、ほら心拍数が上がってきていますよ」と言われて、指差されたメーターを見ると「110」を指していた。

「90ぐらいがいいと思うんです」と言われ、深呼吸した。ばかだね~俺、深呼吸したって心拍数が変わるわけじゃないよね~この年でまだ女性の前でいい格好したいのかね~ハハハハ

 

何だかんだ、世間話をさせられながら5分経過

「次回はもう少し負荷を下げてみましょう。本日は、これで終わりです」と、終了宣言でした。

 

なるほど、本人は軽い軽いと思っていても、体は正直に「しんどいわい」と心拍数を上げてしまうんですね。

舐めちゃいけない「じいさんリハビリ」と思った。

 

帰りは一人で、エレベーターの乗り、ベッドに帰ってきた。

すると、何だか気分がすっきりしたような感じ、体も幾分軽くなった感じがした。

 

リハビリ…いいかもしれない!

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初めてのリハビリセンター

 前回ご報告したとおり、入院後、2日で5㎏体重が増えるぐらい、体全体に「むくみ」が発生してしまいました。

その処置として、

①朝夕2回の利尿剤の注射(点滴のところから入れてくれる)

②アルブミンという点滴を2回打った。

③利尿剤の飲み薬を1日1回朝に飲むようになった。

 

私の感じだと、このうち、恐らく②のアルブミンという点滴が劇的に効いた感じがしました。点滴2回した、つまり2日後ですが、すっきり前回写真でお示しした、「赤ちゃんのようなアンヨ」が、フツーのオッサンの足に戻ったのです。うれしかった!!

 

さて、入院して数日後

もう数分で就寝の9時というときに、担当の外科医、通称クマ先生が、いきなり来てベッドのカーテンを開け、

「どう? 橋本さん調子は?」と、声をかけてくる、クマ先生の得意の回診のパターンに、もう慣れていたので、私も動揺することなく

「はい、おかげさまで、結構よくなってきました。」と即座に返事

するとクマ先生

「橋本さんね、リハビリやってみる? リハビリ…家に帰った後もしっかり歩けないと困るでしょう」と、全く予想外のご提案をしてくれた。断る理由もないので

「ああああ~じゃあ、お願いします。」と、余り乗り気でない返事をしてしまったが、先生は乗り気で

「じゃあ、リハビリの先生に頼んでおくわ」と言って、そそくさと次の病室に行ってしまった。

 

そして翌日、看護助手のおばさんが、「橋本さん、リハビリセンターから呼び出しがかかっているから行きますよ~」と、車椅子を押してきた。

「いや、歩いて行けますから、車椅子は要らないですよ」と言うと、看護助手のおばさん、意外なことを言う

「だってさ~せっかく持ってきたんだからさ~乗りなよ」だって?まあ、こんなことでいろいろ言いあって、機嫌を損なうのは得策ではないと判断して、車椅子に座った。

そして車椅子に乗って、エレベーターに乗り、リハビリセンターの階に到着した。

(せっかく持ってきたから乗れと言われた車椅子)

kurumaisu01

 リハビリセンターの入り口を入ると、そこは、壁一面が全部ガラスのすっごく明るくて、広々した、気分爽快になるような空間でした。

そして、奥の方の白衣を着た女性のところに、車椅子は押されていき。看護助手のおばちゃんが、

「は~い、着いたよ 連絡いただきました、橋本さんです。よろしくお願いいたします。」と、その女性に私を紹介して、そのまま車椅子を持って帰っていった。

 

白衣の女医さんが、このセンター長さんなる方なんですね。

「今、調子はどうですか?」から始まって、いろいろと質問され、足を伸ばしたり、腕を上げたり下げたり、立ったり座ったり、横になって、足首をグネグネしたり、いろいろ一通りやってくれて、

「橋本さんのご希望はありますか?」と、女医先生

「は~家に一人でいるときに、それなりに自活できるようになりたいです。」と言うと

「はい、それでは、私の方でこれから橋本さんの御希望に沿って、リハビリの計画を立てます。明日からそれに沿って、実際に始めていきますので、お願いします。」ということで、その日は終わった。

 

さて、病室には歩いて帰るんだ~と不思議に感じを受けながら、ふと、周りを見ると、

 

そこは、「じいさん」と「ばあさん」しかいない

日本昔話のような リハビリセンターだった。

 

え?どうして?

よく、映画などで、刑事役の役者が悪者に打たれるも、一命をとりとめ、かわいい看護師と共に懸命にリハビリに取り組むところが映し出され、それを見舞に来た同僚たちが見て、「くそ~俺も負けていられるか 悪には勝つ」と闘志を燃やしていくシーン…よくありましたよね。

 

全然違うし…

明日からのリハビリに若干の不安を覚えたのでありました。

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やっと退院してきました

 7月17日「海の日」に退院してきました。

入院したのが、6月29日ですから、計18日間の入院でした。

「死んだ」と思った?…いやいや、そんなに簡単に死んでたまりますかよ、、、ハハハ!

 

まずは入院の前半についてご報告します。

 

原因ですが、とにかく体力がなくなってしまい。会社にも行けなくなった。仕方ないので、妻は仕事に行かせ、私は家で一人で少し静養しようと思った。

しかし、結局、家に一人でいることすらできなくなってしまった。つまり、食事も用意できない、食事が用意してあっても、つらくて口にできない。それで低血糖になっていき、倒れてしまってケガをするなどのこともあった。

それで一旦、病院で点滴などで栄養補給しつつ、何とか自活できるようにと、先生にその旨を伝えた。

クマ先生は、二つ返事で入院を許可してくれ、病室の用意をしてくれた。

 

まずは、ひどい下痢を何とかしようということで、食事は手術後のような「おもゆ」から始まった。

そしてブドウ糖などの点滴で栄養補給をした。

 

私は、とにかく病院のベッドの上で安心してゴロンと寝ていられるのが本当に心強かった。

精神的にもかなり追い込まれていたようで、頭がスーとしていくような気持ちがした。

とにかく、よく寝た。グー、グゥ~と寝てばかりいた。

 

そして2日たつと、体に異常が出てきた。

ふと手を見たら、「パンパン」に腫れ上がっていた。それも左腕の方がひどい。ウソ~??と、なにげに足を見たら、びっくり、もう相撲取りというか、赤ちゃんというか、丸々なんですよ。これが 「むくみ」というやつなんですね。初めてなりました。

体重を測ってみたら、45㎏、まさか2日で3㎏も太りました。というか、3㎏むくみましたというのが本当です。

(パンパンにむくんだ、赤ちゃんのようなアンヨ? ↓)

mokumi_asi01

(退院時の足↓)

mokumi_asi03

 

 

(横から見ると、こんなにパンパンの足? ↓)

mushitaoru02

(退院時の足を横から見ると、こんな感じです。↓)

mokumi_asi04

この足にびっくりして、「ウワ~」と、すぐに看護師さんに報告。

すると、クマ先生が来て、即

利尿剤を点滴の横から朝夕2回の注射

そしてアルブミンという点滴を処置してくれた。

 

体調は、2日間、栄養の点滴をして、ただゆっくり寝る、そして抗ガン剤はこれで1カ月投与していないことになるので、かなり良くなっていたわけです。

どんどん元気を取り戻しつつありました。

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入院してきます

 だめだね、せっかく調子よくなってきたんだけれども、いきなり今日、絶不調で体が動かなくなってきた。

腹が痛くてたまらない。

大腸がつまったような嫌な感じがする。でも、いつも膨れる腸の部分は張れがない。。。?

 

これでは、会社にも来れない

もちろん、家で一人でいることも不安

 

最後の手段、入院することにしました。

 

ベッドが空いていれば、明日、そのまま入院してきます。

 

さて、この家に戻ってくることができるかな?

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抗ガン剤を1回パスしたら、少し元気になりました

 抗ガン剤治療でくたばってきて、ついに1回パスしてしまった「アブラキサン+ジェムザール」治療

 

さて、その効果というか、影響なんですが、やはり抗ガン剤は体力と気力を奪うというのがはっきりしました。1回パスした結果、翌日からちゃんと仕事にも出ていますし、今日もこうして出社しています。2週間ちゃんと暮らすことができました。

 

 よくネットでも言われている言葉ですけれども、「抗ガン剤に殺される」というのは、ある面では正しいのでしょうね。

私の場合も、すい臓がんの手術後退院して、「ジェムザール」だけの治療のときは、まだまだ体力もあったんでしょうね。全然平気でしたし、黒焼き玄米茶のおかげなのか、治療に行くと周りの患者さんたちより、やたら顔色もよく、元気に見えたそうです。

 

 それから抗ガン剤は進み、進むという言い方しか思いつかないんですが、段階を踏んでいき

「ジェムザール+TS-1」になり、どうもTS-1が体質に合わないのか、かなり苦しみました。それでもゲルソン療法や黒焼き玄米茶のおかげで、癌マーカーの値は検査ごとに下がっていきました。そしてついに、3種類の癌マーカーのうちの1つが正常値にまで下がってくれたんです。

もう少しだ。なんて思っていましたが、その後、何が原因なんでしょう?あれだけ劇的に効いてくれたゲルソン療法+黒焼き玄米茶療法がピタッととまった感じで、ジリジリ、ジリジリと癌マーカーの数値が上がり出しました。

 

するとクマ先生曰く

「効果なし」とカルテに書いて、そして今の「アブラキサン+ジェムザール」です。

私たち夫婦も、ゲルソン療法が効かなくなったので、話題になっていた「低糖制限法+黒焼き玄米茶」に切りかえました。

 

しかし、抗ガン剤の段階を踏んでいくごとに、どんどん体力を奪われていく気がします。

当たり前と言えば当たり前ですよね、どんどん癌に対して強い薬(毒という人もいますが)は、私たちの体にとっても強い薬ですから、どんどん体は弱まっていきます。そしてついに抗ガン剤に耐えられなくなって、終わってしまう、という結果です。

 

さて、これで1カ月間、私の体には抗ガン剤が入っていない状態で、少しは体力は回復したんでしょうね。

どうするかな~?

 

これから「アブラキサン+ジェムザール」をまた打ちつづけるのか、それとももうやめてしまうのか、あるいはクマ先生が大好きな、さらに強力な「フォルフィリノックス」による治療というのも選択肢としてはあるようです。

 

よくよく考えてみます。

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