楽しく生きるブログ

すい臓がんに負けないためのブログです。2013年秋、ステージ4Aのすい臓がんを宣告され、すい臓全摘出、十二指腸・胆管・胆のう・ひ臓全摘出、胃3分1摘出の手術をしました。術後、余命1年の宣告からゲルソン療法と黒焼き玄米茶に出会い、一度は腹膜に転移した癌が消え、現在、3年が経過しましたが、仕事もしながらちゃんと生きています。あなたも希望を捨てず、前向きに生きていきましょう。
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禁断のバター飯

「米」の味を数カ月ぶりで味わい、私の頭の中は、たがが外れたごとく、どんどんジャンクメシに走っていくのです。

 

今日の昼飯は、妻が用意してくれた「アジの開き」を焼いたものと、夕べの豚肉の塩こうじ漬けの味噌炒め、味噌汁。

それはそれでオーケーとして、

私は、いそいそと冷蔵庫からバターを取り出し、

 

白いご飯に「バター」を載っける。

醤油をひとかけ

batter01

「バター飯」の出来上がり

 

バター飯、、、何年ぶりに食べるだろう!

子供のころ、よく食っていたら、昭和一桁生まれの母親に叱られた食べ物だ。

「そんな行儀の悪い食べ方をしちゃいけない」なんてね。

そんな経験から私の中では

 

味噌汁ぶっかけ飯、バター飯、マヨネーズ飯は禁断の飯なのです。

 

バター飯…うまかった!

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数カ月ぶりの「米」の味

 朝、起きたら、妻が納期が近いので、一人で仕事に行くという…土曜日だというのに?

まあ、働いてくれるんだし、休みぐらい俺から離れたいんだろうと思い、

「ご苦労さま」と送り出した。

 

さて、昼食の時間になった。

妻は、アジの開きが買ってあるからと言っていたが、今日でアブラキサンを打って3日目、そろそろ体がきつくなってきた。とてもアジを焼いて、しっかりご飯の用意をして食べる元気が出ない。簡単に済ませたい。

 

そうだ、レトルトカレーの買い置きがあった。

それに、まずくて食えなくて残っていた低糖質のラーメンの麺もあったな~。ラーメンか…となれば、カレーじゃなくて、チャーハンだよ!

無性にラーメン・チャーハンセットが食いたくなった。

糖質制限食をやり始めてずっと炭水化物の米やパンのある生活から遠ざかっていた。

米が食えるのは、何ヶ月ぶりだろう?そう思うと

 

体のつらさが吹っ飛ぶような気がした。

 

ネギと卵以外、何にも入っていない素チャーハンができた。

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(画像はイメージです)

 

低糖質をうたったニセラーメンの麺に、買い置きしてあった味噌ラーメン用のスープを入れただけの素ラーメンもできた。

suramen01

たったこれだけの昼食メニュー、でも嬉しかった。

一口、チャーハンを口に入れた。

うまい!

ラーメンのスープを一口、、、、うまい!

 

俺は本当に日本人に生まれてよかったと思った。

胃も3分の1切られ、大腸も詰まっている今の体、食べたいという食欲に消化器がついていけない。すぐ、腹が苦しくなってしまう。そして痛くて、痛くて、グッと我慢しなければならない。

それでも、食べたいのだから…不思議なものだ。

 

苦しい、痛い、苦しいといいながら、結局一粒残らず全部食べてしまった。

完全に胃腸の許容量オーバーでした。

 

でも、うまかった。涙が出るぐらいうまかった。

 

チャーハンひとつで、動けなかった体が動いた。

勝手な物だと言われるに違いない。でも、人間なんてそんなものかもしれない。病気なんてそんなものかもしれない。

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あと少しの人生の生き方を決めました

 通院日でした。

血液検査の結果、癌マーカーは上昇してしまっていました。

今やっている「アブラキサン+ジェムザール」は、はげ頭になったくらいで、あとはほとんど効果なしということでしょう。

そして同時に、私には糖質制限食の食事療法も効果が出ていないことがわかりました。



 私の命は、そんなに長くない。年単位ではなくて、もう月単位の寿命しかないと思っています。

抗ガン剤が体を痛め付けているのか、それとも癌が進行して、体力を奪っているのか、何が悪いのかはわかりませんが、一時抗ガン剤を中断していた頃はとても元気でした。その頃とは比べものにならないくらい体力がなくなってしまっています。

「どんどん、どんどん弱っている」という言い方がぴったりな状態です。



こんな状態でずるずると生きていても、何の役にも立ちません。

それどころか、もう少しで会社へ行くこともできなくなるでしょう。

そうすると、妻の負担もまたふえてしまいます。妻だって出社して働かないと食べていけないですから。私は妻にとってただの重荷になってしまいます。

ただの重荷の時間は少ない方がいいに決まっています。



 そして、いつまでも食いたいものも食わず、飲みたいものも飲まずの「食事制限生活」を3年半以上も続けてくると、精神がおかしくなってしまっているのかもしれません。ちょっとした一言ことで腹が立つほどイライラしていたり、妻が隣であんこの入った、今川焼きを食っているのを見て、「自分だけそんなもの食いやがって…」と腹が立ったり、妻が言うとおり「あなたはおかしい」のです。

でも、そんなストイックな生活のおかげで、3年半以上の時間的猶予を得ることができました。その時間で妻が生活していけるように仕事を教えたつもりです。もっとも、妻にはそれが嫌でたまらなかったようで、ケンカの種になっていたとはつゆ知らずでしたが…。



なので、死ぬ前に食事制限をやめることにしました。

そしてせめて食べる物ぐらい満足に食べて、自分の隣で妻があんこの入った今川焼きを食っても、甘いクリームパンを食っても、そんなことに一々イライラするような生活をやめて、また癌の手術前のように、少しは仲良しに戻りたいと思います。



そのうち、抗ガン剤もやめます。

クマ先生も、これは効いてないなとわかっているはずですから。



あと少しの人生の生き方を決めた決断でした。

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自分にがっかりしたとき

 先日、私の母から電話がありました。

母の日に妻が送ってくれたカーネーションとプレゼントの礼を言っていました。

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そして

「あのね~」と話題が切りかわります。

父が、救急病院から介護病棟のある病院に転院したと言うのです。

その話というか、そういう予定であることは、以前より母から電話で聞いていました。だが、母はそんなことは忘れてしまっていて、また最初から話を聞く羽目になりました。私も、もう母の若干の認知の状態は理解しているつもりなので、「そうか、そうか、大変だったね」とただ相槌を打っていました。

 

すると、突然母の声が詰まり

「私が勝手に転院させてしまったの…兄ちゃんは、仕事をやめてでもとうさんの面倒を見ると言ってくれたのに…」と泣きだしました。

兄ちゃんというのは、私の兄です。62歳になります。一度会社を定年して、今は1年契約で同じところで働いています。

つまり、母は優しい兄の言葉に感激し、そして自分がその言葉に反して、夫を介護病棟に入れてしまった。もう戻ってくることはない。と、自分を責めているわけです。

私は、なるほど…と、黙って聞いていました。

 

そして涙声が突然途切れて、きつい調子に変わりました。

「お前な、父さんに会いたかったら、来てやれ、もう会えないぞ」と、かなりドスの利いた声で迫ってきました。

結局、これが言いたかっただけなんですね。

泣いてみたり、おどしてみたりしてでも、私に実家に来て、父親を見舞に来いというのです。

この婆さん、自分の母親ながら、昔からそうだったけど、狡猾なんですよね。

一瞬、「イラッ」としましたが、それはそれ、私が癌であることを母には報告していませんから仕方ないことです。

 

しかし、何度も何度も何度も同じことを繰り返し言う自分の母親を「黙らせたい」と思ったんです。

「もう…いい加減にしてくれ、俺だって行ければ行ってるわい」って感じです。

 

仕方なく言いました。

「俺な、つい最近腸閉そくで入院したんだよ。いつまたなるかわからないから、今は病院から離れられないから、それが落ち着いたら行くよ」と、精いっぱい優しく言ったつもりです。

 

すると

「もう、間に合わないよ」と、母にきつい語調で突っぱねられてしまいました。

 

また自分にがっかりしてしまいました。

そして、自分の母親にもがっかりしてしまいました。

 

 

昔なら、こんなときはビールをググッとジョッキ1杯あおって、「プワーッ ばか野郎!」と言って終わりにしたところでしょう。

今は、そんな力もなく、ヨッコラショと、立ち上がって焼酎を引っぱり出し、ソーダー割りでコップ半分飲んみました。

 

 

母の日に送ったカーネーションの話はどうなったんだよ?

「仕方ねえよな~」とひとり言が出た。

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癌になる確率は2分1

 今、がんになる確率は、2分の1と言われています。

ならば、「わたしは絶対に癌になんてならない」と、意味のない意地を張らず、自分も将来癌になるんだ、と決めて人生設計をすべきです。

 

そして、次の問題は、いつ自分が癌になるかということを考えるべきです。

誰もが思うことですが、できれば子育て最中は避けたい。避けたいと言ったところで、癌は私たちの希望に沿って出てくるわけではありません。

 

私からの一つの提案です。

 

結婚したら、まず「がん保険」に入りましょう。

それだけでも、家族のために何か残せるかもしれません。

治療費で経済的に家庭崩壊という最悪の事態だけは避けることができます。

 

もし、あなたが生涯癌にならないで済んだとしたら?

あなたの死因が「癌」でないだけの話なんです。

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【続】これが「アブラキサン」+「ジェムザール」の関節痛かよ

 痛いよ~と、半泣き状態でアブラキサンの関節痛と筋肉痛に苦しんでいたんですが、痛みがひどくなりはじめて、今日で3日目です。

 

ところが、今朝、目が覚めるとひざが痛くないんです。

「あれ? うそだろう~そんな急に良くなるはずがない。」と思いつつ、ベッドから起き上がり、リビングへ

夕べ、寝るときには、「もうだめだ。明日も会社は休んじゃおう」と半分決めていたんです。

 

でも、痛みが少しおさまってくれると、「会社に行く気」が出てくるんですよね。

だらだらとではありますが、着替えて、朝食をとり、ふらふらしながら会社に出てきました。

 

この3日間の期間限定みたいな痛みは厄介ですね。

この痛みがおさまったときの感覚で、次回の通院日にクマ先生に「どう、手足のしびれとか、痛みはある?」と聞かれると

「そうでもないですね~」なんて言ってしまいそうに気がします。

いやいや、あれだけ苦しんだ痛みの感覚をしっかり覚えて、トンプク的に使える痛み止めでもいいから処方してもらわないと…。

 

とかく、私のように半分じじいの昭和の人間は、「我慢」を美徳として育っていますので、痛くてもなかなか医者に泣き言を言いません。

妻や家族や看護師さんや、誰かに「痛むの?」なんて、優しく聞かれるまで「痛いよ~」なんて言わないんですよ。

とにかく、痛みを我慢する必要はないと思うんです。痛みがなくなれば、意欲が出てきます。やる気も出てきます。

 

 

それにしても、何度も何度も言いますが、「人は痛みに弱い」んです。

逆に言えば、痛みがなくなれば頑張れるんです!

 

私は痛いの大嫌い、根性なしと言われようが、何と言われようが、痛いのはパスです!

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