楽しく生きるブログ

すい臓がんに負けないためのブログです。2013年秋、ステージ4Aのすい臓がんを宣告され、すい臓全摘出、十二指腸・胆管・胆のう・ひ臓全摘出、胃3分1摘出の手術をしました。術後、余命1年の宣告からゲルソン療法と黒焼き玄米茶に出会い、一度は腹膜に転移した癌が消え、現在、3年が経過しましたが、仕事もしながらちゃんと生きています。あなたも希望を捨てず、前向きに生きていきましょう。
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2回目のアブラキサン+ジェムザール治療をした

2回目の「アブラキサン+ジェムザール」の抗がん剤治療を行った。今日で5日目になります。

さて、この副作用ですが、

(1)舌炎と口内炎

 今一番困っているのが、舌炎です。もともと歯並びが悪く、右の奥歯が舌の奥の下の方に当たってしまうのが気になっていたのですが、やはりTS-1を飲んでいたとき、そこのところに舌炎が出てきました。やはり、こすれるところから痛むんだな~と思っていましたが、痛むのは2~3日だけで、それも市販の口内炎の薬で抑えることができました。

 ですが、今回は違います。ずっと治らない。ずっと痛いままなんです。

食べ物がしみる、醤油味のものは特にしみて、まともに食べられません。そして痛むのが舌の奥の方なので、噛んだものを飲み込むときに、グッと痛みが走ります。もう完全に食欲減退です。

私は、舌炎や口内炎を甘く見ていました。抗がん剤治療をちょっとネットで調べると、必ずといっていいぐらい「口内炎など」という書き方で出てきます。なんだ、口内炎ぐらい、、、大したことねえじゃん、ぐらいに思ってしまっていました。実際、自分がなってみると、こんなにつらいものだとは思っていませんでした。腹が減っても、食べることができないんです。どんどんやせてしまいます。そしてついに、癌(がん)痛み止めの薬が切れる朝方に必ず痛くて目が覚めてしまいます。痛くて痛くて、眠れません。まともに人と話をするのも大変なんです。

 

その状態をクマ先生に今回お話しすると、2種類の口内炎用の薬を出していただきました。

1つは、「デキサルチン」というチューブに入った塗り薬です。主に口内炎や舌炎の炎症を抑える薬だそうです。

dekisaruchin01

もう一つは、「カモスタット含嗽剤(がんそうざい)」というそうですが、院内処方された、うがい薬です。このうがい薬は、よくインフルエンザの予防のために使うような、うがい薬とは違い、癌(がん)の放射線治療や化学治療による口内炎・舌炎専用の薬だそうです。だから、ガラガラペ~とやると、喉スッキリ、お口爽やかなんていう薬ではありません。

使ってみましたが、透明の油という感じで、口に入れると、サラダ油を飲んだような、「ウッッッ」という感じに驚きました。ですが、これが効いているのか、夜中に舌が痛くて起きてしまい、この薬でうがいをし、もらった塗り薬を塗っておくと、かなり痛みが和らぐんです。ありがたい薬です。

とにかく、2回目の「アブラキサン+ジェムザール」治療も、私にとって一番つらいのはこの舌炎だということがはっきりしました。

 

(2)関節・筋肉の痛み

1回目の治療のとき、抗がん剤を打ったとたんに、ひざががくがくしてちゃんとトイレに行けなかったんです。しかし、それは1日で消えてくれました。今回は、日を追ってその痛みはひどくなっています。何もしていないのに、チリチリ、チリチリと痛むんです。大声で「いてぇ~よ」と叫ぶほどではないんですが、ずっと続くチリチリ、チリチリした痛みはかなりストレスになります。その痛みが、ひざ、ひじ、手の指と広がってきました。

ここ2日ぐらいは、舌の痛みとともに、夜中に癌(がん)の痛み止めが切れたときに痛くて目が覚めました。舌の痛みはうがい薬と塗り薬、そしてこの関節や筋肉の痛みは、クマ先生から前に出してもらった別の痛み止めを飲んでしのいでします。痛くて眠れないのは耐えられませんから。。。。

 

(3)けん怠感

前段階の化学療法「TS-1+ジェムザール」のときに一番つらかったのは、このけん怠感でした。もう体が重くて重くて、何もする気になれない。「は~、ハー」と溜息しかできない毎日でした。

今回の「アブラキサン+ジェムザール」治療でも、そこまではつらくありません。それより(1)の舌炎、(2)の関節・筋肉痛の方がつらいです。これも治療の回数が重なっていくにつれ、どんどん積み重なってつらくなっていくのは間違いありませんね。

 

結果、今日は仕事を休んでしまいました。

静養して何とかなるわけではないんですが、痛くて何もする気になれないというのが本音です。

だんだん、気持ちが負けてきているのかもしれません。

もう少し頑張ってみようと思います。

そして、血液検査をして、「効果なし」なら、また別の道を探します。

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⑤アブラキサンの見た目の最大の副作用、脱毛に臨む

 テレビなどで、抗がん剤治療の映像となると、まず頭に浮かぶのが脱毛してしまった乳がん患者の女性ではないだろうか?

これはアブラキサンを使用して、脱毛してしまった女性患者の画像が一番悲しく、つらい姿に映るからだろうと思うんです。私が通っている病院の抗がん剤治療コーナーにも、女性用のかつらや帽子のコーナーがあります。ネットで調べてみても、アブラキサンを使用すると1回から数回の接種で完全に体毛が無くなりますと書いてありました。

 

じゃあ、坊主にしよう!

 

ということで、今週の火曜日にチェーン店の理容店に行き

「入院するので、坊主にしたいんです。一番短いのでどのくらいですか?」とたずねると

「0.5ミリからあります。お客さんだと…そうですねぇ~2ミリくらいがいいのではないですか」と、言われ

「2ミリって、短いですか?」と再び聞くと

「かなり短いです」と即答され、そのキッパリした即答が気に入って

「わかりました。それでお願いします。」と、こっちも即決しました。

 

「では、バリカン入ります」と、店員さんも、いさぎいいですね、頭のど真ん中からいきましたよ。

ジャーン、ジェーン、ジーンと軽い音とともに、下に落ちていく自分の少ない髪の毛を見ていると、少なからず感傷にひたってしまった。

そしてシャンプーして、15分で終わりました。

女性には、かなり厳しい状態だろうと少なからず察した次第です。

 

帰ってきて、妻が頭のシャリシャリしたところをさわって、気持ちいいね!!

でも、その気持ちいいシャリシャリも、たった数日後には、何もなくなってしまうんだから、やはり抗がん剤は毒なんだと、強く強く思いました。

 

つづく

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④抗がん剤第3段「アブラキサン+ジェムザール」に踏み込む

 私の膵癌の化学療法を振り返ってみました。

まず、膵癌の手術後の私の化学療法は、まずジェムザール単独でした。

そしてその効き目が悪くなり…というか、癌マーカーの数値はジェムザールを打っていても、ジリジリ、ジリジリと上がり続けていたので、ほとんど効いてなかったというのが正直な感想です。

 さて、次の段階です。今度は「ジェムザール+TS-1」という組み合わせの化学療法に移行したわけです。 「ジェムザール+TS-1」の組み合わせは、私の体には合わなかったようです。TS-1の副作用が強くて、朝起きることができない。つらくてほとんど仕事にもならないんです。それでも、ヒーヒー言いながらも、必死にTS-1を飲みました。つらかったです。人間、つらいといろんなことを思うんですね。

ts1-01

当時、私は、抗がん剤を打つために生きる、もっと言うなら苦労して病院まで行って、待たされて、待たされて、あの毒のような抗がん剤を打って、そのお金を払うために生きている。…そんな馬鹿な人生がどこにあるんだ?そんなことばかり考えていました。

 このままだと、化学療法でどんどん強い薬を使うことになり、結果として自分の体は癌(がん)に負ける前に、抗がん剤に負けてしまう。ということで、始めたのがゲルソン療法だったわけです。

 そして、抗がん剤の副作用を抑えるために飲んでいた黒焼き玄米茶なんですが、これが少し高価だったので、飲んだり、飲まなかったりしていたのですが、ちゃんと毎日飲み続けることにしました。とにかく、体がつらいと精神的にもイライラして、妻に当たってしまったり、何かとダメージが大きいですし、つらくて仕事ができないとまともな生活ができなくなってしまいます。

 ゲルソン療法は、手術後、最近まで3年数カ月間続けました。数カ月後には癌マーカーがどんどん下がり、3つのマーカーのうち1つは正常値にまで下がったんです。残りの2つの数値ももう一息で正常値になるところまで来たんです。正直言うと、ひょっとすると癌(がん)は消えた!と思ったんです。

 ところが、癌(がん)という病気は一筋縄ではいかないんですね。ゲルソン療法だけでそのままずっと再発せずにいる人もいますし、頑張っても全く効果がないという人もいます。

 私の場合は、その効果は3年数カ月、続きました。つらいTS-1は、実は渡された半分も飲んでいなかったんです。飲まなくても、ゲルソン療法と黒焼き玄米茶のおかげで、癌マーカーの数値はどんどん下がっているわけですから、クマ先生にしてみれば、「おおお~これはジェムザール+TS-1の効果絶大だわい」ぐらいに思っていたと思うんですが、実はTS-1は飲んでなかったんです。

 ところが、新しく浸潤してきた癌(がん)には、ゲルソン療法は効かなくなっていたのでしょうかね。また癌マーカーの数値が上がり、背中から大腸にかけて癌(がん)が浸潤してくるという自体に進行してしまったようです。

 でもね、ゲルソン療法にはとてもとても感謝しているんです。だって、一銭のお金もかけずに、食事療法だけで、本来ならば、私のようなステージ4aの膵癌患者の余命は約1年、それを3年以上も長生きさせていただいたんですから、こんなにありがたいことはありませんでした。その間に、自分が死んでからの準備もかなりできました。覚悟ができたということです。この3年という時間、さらに言うなら「寝たきりの3年間」ではなくて、「動けて働けた3年間」という時間はとてもありがたい時間でした。

 

ということで、話は、今の状態に戻りますが、

クマ先生は、マニュアルどおり、癌マーカーの数値の上昇とともに、「ジェムザール+TS-1」に「効果なし」とカルテに書き込み、今の段階の化学療法を中断しました。そして新たなステージの化学療法、つまり「アブラキサン+ジェムザール」あるいは最強・最悪の抗がん剤FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)のいずれかに進めるように何度も何度も勧めました。

 しかし、当時の私の体調はとてもよかったんです。癌マーカーの数値は上がっていても、癌の痛みもなければ、抗がん剤をやめたから、けん怠感もないし、口内炎もないし、しびれもない。こんなに調子のいいのは、手術後初めてです。もう抗がん剤なんてまっぴら御免、そんな感じだったんです。まあ、心の底では、「このままコロッと死ねたりいいな~」そんなことを思っていました。

 

 でも、世の中そんなに甘くないんですね。楽には死なせてくれません。

急に体の調子が悪くなったり、「会社、休んでしまいました」に書いたように、会社を休むほど苦しい日があったり、ジリジリと癌(がん)に攻められている感じが強くなってきました。

そして「また入院だそうです」に書いたように、入院です。その後のことは、ブログにも記してありますので、また読んでください。

 

結局、腸閉そくで苦しんで、苦しんで、吐きながら死んでいくという、余りに悲惨な自分の死を想像したとき、「それはあんまりだよな~」と

「アブラキサン+ジェムザール」の化学療法をやってみようか、そんな決断になってしまったわけです。

次善の策というやつですね。最善の策は、「コロッと死ぬ」ことでしたから。

 

■さて、 大腸のステント留置から3日後、おかゆぐらいなら食べられるようになったところで、クマ先生が

「じゃあ、橋本さん、アブラキサンやってみる?」と声をかけてくれました。

私もどうせやるなら、入院しているうちにやった方が、また退院して、入院してというのも面倒臭いなんて軽く思っていて、

「はい、お願いします」とふたつ返事でした。

 

注射自体は、左肩のところにポートがありますから、何の苦労もなく終わりました。

①、生理食塩水の点滴

②、吐き気どめのステロイド系の点滴

③、アブラキサンの点滴

④、ジェムザールの点滴

⑤、生理食塩水を点滴

  合計2時間かかった。

(無気味な真っ白な液体 アブラキサン)

aburakisan01

1日目、膝に来た。ちゃんと正座をし続けて、急に立ち上がるような感じで、ちゃんと立てない。歩けない。でも、これは時間とともに消えてくれた。

2日目、ダルさはあるものの、それほどでもない。

3日目、2日目と同じく、それほどでもない。

 大したことないじゃんと思い。クマ先生に

「先生、退院していいですか?」と退院を申し出た。

 

4日目、退院。

5日目、急に口内炎、特に舌炎が出てくる。

6日目、舌炎がひどい。何もかもがしみて、ものが食べられない。ダルさもぐっと出てきた。

 この症状がどんどんひどくなり、ものが食べられないので体力がなくなり、

結局、退院してから2週間で、3日しか会社に出勤できなかった。

点滴後、1~2日目はジェムザールの副作用が出てきた感じがします。だから比較的軽く感じたんですね。でも、膝のしびれは、あれは初めてでした。

そして4日後ぐらいからアブラキサンの副作用が出始め、苦しむことになりました。特に、舌炎がひどく、これさえなければ、TS-1よりは体は少し楽な感じがします。

 

つづく

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③膵がん浸潤による大腸狭さく部ステント留置処置をする

 大腸カメラ検査の結果の説明を聞いたその日、クマ先生にそのことを伝えるべく会いに行ったのだが、やはりどこかに行っていてつかまらない。

仕方なく、検査の説明に同席してくれた看護師さんに「人工肛門ではなくステントでお願いします」とお伝えくださいと、その旨を伝えておいた。

 

そして翌日の朝のことだった。

検査してくれた、いわくつきの内科医大先生が病室をのぞいてくれた。

「橋本さん、その後どうですか?あのときは大分痛かったと思うんですが、今はおなか痛くないですか?」と優しく聞いてくれる。

なんででしょうかね~内科医の先生は、とても「言葉」は優しい。何だかホッとしてしまう。クマ先生とは大違いだ。まあ、言葉づかいと腕づかいは別物で、外科医は職人気質の腕一本勝負みたいなところがあるのかもしれないが。

 

「はい、今は痛くないです。ハハハ、、、」とわけのわからない笑いでごまかすところが、恥ずかしい。

内科医大先生「これからの処置はどうするか、またクマ先生と相談してくださいね」の言葉を聞き、

「あっ、先生、そのことなんですが、ステントにすることに決めました。」と、内科医先生に言った。

すると

「そうですか、それはクマ先生はご存じですか?」と内科医先生、ほんの少し「ニヤッ」としたように思ったのだが、それは私の勘違いだろうか?

「まだですが、看護師さんには伝えてあります。」と言うと

「では、クマ先生と協議して進めましょう」とのことだった。

 

そして昼過ぎ、今度はクマ先生の登場!

「な~に、橋本さん、ステントにするってぇ~? いいのぉ、そんなんで、一月しかもたないよぉ~」なんて言う

「はい、そうすることに決めました」と、ここはきっちり決めようと、キッパリした口調でお答えした。

「あああ、そう…じゃあ、内科の先生に頼んでみるか…でもね、穴があくからだめだってことになったら、そのときはあきらめてよね」と、あくまで外科による人工肛門にこだわるクマ先生。参るよな~。

 

そして2日後、ステント留置処置をすることになった。

場所は、レントゲン撮影をしながら処置できる、前に大腸カメラ検査をしたレントゲン室だった。

今度は、車椅子ではなく、ストレッチャーに寝かされて運ばれた。麻酔をかけてくれるらしい。俺は人より痛がりなのかもしれないな~。

レントゲン室に入り、

「では、パンツを履き替えてください」と、前回の検査のときにいた看護師さんに同じ事を言われる。

前回は、パンツの穴の空いた部分を前にしてはいて、そっちはお尻側と言われたのを思い出し、今回はちゃんとパンツの穴の空いた方をお尻の側にしてはいた。

点滴の横から、造影剤、そしてた先生の言う「かる~い麻酔剤」を入れられ、何だかぼ~としている間に、どんどん処置は進み。

横のモニターを眺めていても、何だかよくわからない。

「はい、入った。写真撮っておいてください」と内科医先生の声が響いた。

「え?もう終わったの」って感じだった。20~30分程度だった。

後で聞いたが、長さ10センチのステントでは足らないので、7センチのステントを足して、2本ステントを使用したとのこと。何とこのステント、調べると1本21万円強するとのこと、これだけで43万ぐらいの代物だとか。高いのぉ~。

 

心配も何も、アッという間に終わってしまった。

やっぱり、外科で腹を切るのは、できるだけ避けた方がいいと思った。こんなに楽に済むんだ。こういう切らないで済む技術がどんどん進んでくれるといいなと、3年半前に手術した、ろっ骨の下からヘソの下までグッサリ切られた跡の傷を見ながら、心の底から思った。

 

そして、ステントの一応の成功に、いい気分になった私は、

「そうだ。大腸の浸潤が進まないように、アブラキサンという次の段階の抗ガン剤、一度ぐらい試してみるか!」なんて、強気になってしまったのだった。

それにしても、腹が減った。入院してから、何も食わせてもらえない。ただブドウ糖だけで生きている。うまいもん食いたいよ~

(命綱のブドウ糖)

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つづく

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②人工肛門、ステント装着、それともバイパス手術の決断

大腸カメラの検査の翌日、妻とともにクマ先生に検査結果と今後の処置について説明を受けました。

看護師の誘導で、先生のいる部屋に通され、パソコンの前に座っているクマ先生にあいさつすると、先生の説明が始まった。

「橋本さんね、やはり大腸が狭窄してたね、え~と…」といいながら、へったクソな大腸の絵をレポート用紙に描きだした。

「それで、ここの部分がかなりの長さで狭くなっちゃっていてね。」と言いながら、その狭窄部をボールペンで編みかけをして示してくれた。

その絵を見ながら、私はただ

「はい、はい」と礼儀正しく聞いていた。

少し間が空いてから、クマ先生

「で、前にも言ったように、まず人工肛門にして、ここから…」

「人工肛門」という予想もしなかった言葉に、かなり動揺した私は

「せ、先生、人工肛門のことは、今初めてお聞きしました。」と先生の説明をさえぎった。

するとクマ先生

「あっ…そう? そうだっけ? じゃあ、最初から説明すると」と、仕切り直してくれた。

「まず、第一の候補として、狭窄部の手前に人工肛門をつくって、人工肛門なんて簡単だからね、大腸をちょこっと持ってきて、外に出すだけだから、今のは性能もよくてね、臭いもなくなったよ。」と何事もないように話している。

私は、膵臓がんの手術の入院時、四十日間にわたって、同じ病室の人たちが人工肛門で大変な目に遭っているのを知っていた。「臭いがない」なんてうそだ。だって、隣や向かいの患者さんたちが、何か処置するたびに、臭くていたたまれなくて、病室を出ていったことが何度もあった。

そして何より、入院時は看護師さんが親身に嫌な顔ひとつせずに処置してくれます。でも、退院して自宅でどうするんです?妻がやってくれますか?そんな奥さんばかりじゃないでしょう。おなかから「うんこ」が出てくるのを平気で処理してくれる人がそんなにいるとは思えません。外出するときは本当に対応できるトイレのあるところを調べながらしか外出もできない。。。などなど、たくさんのことが頭に浮かんできたんです。

結果、「嫌だ、何としても人工肛門は避けたい」という思いしか出てきませんでした。その思いが私の表情に如実に出たんでしょうね、先生は説明を変えた。

 

「まあ、余り勧めないんだけど、第2の候補としてステントの設置というのがあって、これは内科の先生に頼むんだけどね、狭い部分に金属のバネみたいなのを入れて拡げるんだけどね、あれは、何というのかな~もう年で手術もできないような人の緊急避難的な処置でね、ステント自体も入れてから一カ月もつかどうかかな~だって、一カ月もたないような人しか使っていないから、それ以上のデータがないんだよね」なんて言う

「さらに、がんの浸潤が進むと、ステントをまた入れないといけなくなったり、入れたときに最悪、大腸か破れちゃうこともあるんでね、リスクはあるんですよ。」と、かなりリスクの説明が強くなってきた。

(ステントの画像イメージ 大腸に入れるときには直径2mm程度で、中で広げると最大22mmになるそうです。)

stento01

 

さらに、説明は続いた。

「もう一つ、やるとすればバイパス手術だね。大腸の狭窄部をバイパスして、こっち側とつなぐ手術をするんです。」

三つ目の説明は5秒で終わった。やる気なしって感じがよくわかって、いい説明でした。

 

少し時間をください。妻と相談して決めますのでと、先生に無理をお願いして、その場は出ました。

そして、病室でこんな相談をすると、周りに丸聞こえになるので、病室には戻らず、妻と談話室へ行き、相談しました。

 

妻の率直な感想

①俺の患者は内科になんか任せられるかよって感じだね。

②ステントが一カ月しか持たないというのは、余りにも貧弱な説明だよね、そんなんで保険適用になるはずがない。

③バイパス手術はやる気なしだね。

 

私の率直な感想

①人工肛門は嫌だ。

②がんの浸潤が進んだら、ステントは入れ換えかもしれないが、人工肛門はまた肛門が一つずつ増えていくことになるんじゃないのか?おなかじゅう肛門だらけ?

③人の腹を切ることしか考えてないね、切られた本人がどれだけ後がつらく、悲しい人生になることが何もわかってない。

④俺の残りの人生の時間と、これから処置を天秤にかけて考えると、ステントが最善のような気がする。

 

などなど、本当はもっといろんなクマ先生への悪口が出てきたんだけど、それはパスして、

結論として内科の先生にステントの処置をお願いすることにしました。

後で知ったのですが、大腸のステント処置が保険適用のなったのは、2012年なんですね、ほんの数年前なんです。クマ先生、やっぱ考え方が古いんだわ。

 

あとは、あのいわくつきの内科大先生の腕を信じるしかありません。

間違っても、私の大腸に穴をあけて、外科で緊急手術なんてことにならないことを祈ります。

 

つづく…

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①大腸狭窄部のカメラ検査

2月15日の通院日、クマ先生に腹がつまった感じがすると訴えたところ、クマ先生に大腸がつまっているかもしれないので、流動食以外は禁止と言われてしまった。スープ類、ヨーグルト、ウイダーインゼリー、水分を含んでどろどろになるビスケットなど、どうしても甘いものばかり食事にしていた。

 

そして2月20日(月)に入院。
前日の夜から何も食べてはいけないと釘を刺され、入院したその日に、内科の先生に大腸カメラで検査してもらった。
ところが、この内科の先生、私の膵臓がんの診断をした先生だった。ところが、これがまたいわくつきで、口からカメラを入れ、すい臓まで進んで組織をとらえて、がん検査をすることができるという、それなりの実力者のはずであったのだが、そのとき、結局、癌(がん)の部分まで到達することができず、結局、入院して、大掛かりな検査は私にとって何のメリットもなく、彼の実績の数値を一つ上げて、かなりの費用を払うだけの検査入院になってしまったという、ちょっとな~この先生かよ…の思いが強い内科医だったのです。

 

3度のお湯浣腸をして、車椅子に乗せられてレントゲン室に入った。

特に、痲酔もしなければ、痛み止めも打たない。

「パンツを履き替えてください。」と前開きのデカパンを看護師さんから渡される。

パンツを履いていると

「あっ、違うんです。穴はお尻のほうなんです。」と看護師さん

ははは、そりゃそうだ。これからお尻からカメラを入れるんだもんな~と、ヘラヘラと笑ってしまった。

いろいろ、お尻の位置を決めて、造影剤を打ち、検査は始まりました。

 

「はい、いきますね~」と、いわくつき内科医の先生

ツルッと変な感じだが、肛門から入っていくのがわかった。

dcomara01

 

 手慣れた看護師がカメラの先っぽのところが、腹を突き破って出てきそうになる感じの部位を手のひらでグッと押し込める。グイグイとカメラは奥に奥に進んでいく。

ところが、大腸の曲がったところが引っかかる。このこと自体はよくネットなどにも書き込みがあって、覚悟はしていたが、結構痛い…。

「ウッ…ウウウウ」とうめくような声が自然に出てしまう。

「痛いですね、もうちょっとの辛抱ですからね、もうちょっとです。。。」と、やたらと優しい声を出す内科医先生。

横の画面を見ていると、何だか牛の白モツの中を映しているようで、

「えらい、きれいなもんだな~」というのが正直な感想です。

 

 ところが、ここからが大変でした。その普通でも通りにくい曲がったところのすぐ奥のところが、私の大腸が狭くなってしまっているところらしく、先に進まないんです。何度もチャレンジして、チャレンジしてもどうもだめなようで、内科医先生

「どうも、これ以上だめのようですね~」とマイクに向かってお話ししている。

すると、

「だめかね~」と、何とクマ先生の声、クマ先生、大きなガラス窓の向こう側の操作室にいたらしく、ずっと見ていてくれたようでした。

痛い思いをしながら、私は思いましたね

「また、失敗かよ~本当に実力者なのかよ…」と、かなりゲンナリしていた。

ところが、

「アッ…行った行った、行きましたよ~」と、内科医先生の異様にうれしそうな声がした。

横の画面を見ると、スルスルスルと進んでいくのがわかる。

「狭いですね、それに距離があります。これは浸潤ではないでしょうか」と内科医先生。

クマ先生「そこのところ、拡げられない?」と内科医先生に聞いている。

「う~ん、これだけ長いと無理です。」と、こんなときだけは実力者らしいきっぱりとしたお答え

 

 今回は、検査でした。実は、狭窄部が短ければ、バルーンで拡げる処置も考えていたらしいんですが、無理でした。

ともあれ、狭窄部の場所と状態は把握でしたようでした。

車椅子に乗り、病室に戻って、腹にたまった空気なのか、何かのガスなのか、腹が張って苦しいし、疲れてぐったりしてしまった。

(下の図でいうと左結腸曲から横行結腸にかけて狭くなっていました)

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 さて、狭窄しているところは、癌(がん)の浸潤らしい。この先どうするんだろう?

腹がつまって、腸閉そくでゲーゲーと吐きながら苦しんで死んでいくなんて、余りにひどい、、、何か手はあるんだろうか。

詰まっているところだけ大腸を切って、つなげればいいんじゃねえ?なんて、ぼんやり思っていた。

実は、そんなことはできないなんて、そのときは何も知らなかった。

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